「お墓じまい」より先に考えたい、空き家になった実家のこと
こんにちは。静岡県静岡市で石材店を営んでおります、石川正道と申します。祖父の代から続く老舗石材店「石川石材」の三代目で、お墓ディレクター1級・終活カウンセラー上級・相続診断士として、年間200件を超えるお墓と相続のご相談を伺っております。
「父が亡くなりまして、お墓のことで相談に来ました」。ここ数年、こうしてご相談に来られるご家族と話していると、必ずと言っていいほど別の悩みも抱えていらっしゃいます。それが、誰も住まなくなった実家、つまり「空き家になった実家」の問題です。
正直に申し上げると、私はお墓のご相談を受けた際、まず実家のことをお尋ねするようになりました。順番として「お墓じまい」より先に手を打っておくべきは、空き家になった実家のほうだからです。本記事では、30年以上の現場経験から見えてきた相続の現実と、お墓と実家の両方をどう整理していくかをお話しします。
目次
「お墓のこと」より先に走り出す、もうひとつの相続問題
お墓じまいの相談で、まず聞き返す質問がある
「お墓じまいを考えているんですが」とご相談に来られた方に、私がよくお返しする質問があります。「ご実家のほうは、どうされていますか?」と。
すると、多くの方が一瞬、表情を曇らせます。お墓のことで頭がいっぱいで、空き家のままになっている実家のことを後回しにしていた、という方が本当に多いのです。
実際のところ、お墓よりも実家の劣化のほうがスピードが早い。これが現場で見続けてきた実感です。お墓は石でできていて、よほど放置しなければ数十年単位で姿を保ちます。しかし住宅は違います。半年も人が住まない家は、ご自身の目で見て驚くほど傷んでいきます。
実家の空き家、その数900万戸という現実
総務省の令和5年住宅・土地統計調査によれば、2023年10月時点の全国の空き家数は900万戸。空き家率は13.8%で、いずれも過去最高を更新しました。
数字の重みを伝えるために、もう少し噛み砕きます。
| 年 | 空き家数 | 空き家率 |
|---|---|---|
| 1993年 | 約448万戸 | 9.8% |
| 2003年 | 約659万戸 | 11.5% |
| 2013年 | 約820万戸 | 13.5% |
| 2023年 | 約900万戸 | 13.8% |
30年で約2倍。これが日本の空き家の現実です。そしてこの900万戸の中には、相続したまま誰も手を付けられず、放置されている実家が相当数含まれています。
「とりあえずお墓から」の落とし穴
なぜ皆さん、お墓のほうに先に意識が向くのでしょう。お客様の話を伺っていると、いくつか共通する理由が見えてきます。
- 法事や四十九日でお寺・霊園と顔を合わせる機会があり、お墓の話題になりやすい
- お墓は「手をつけないと罰当たり」という心理的な圧がある
- 実家は「いつかやればいい」と思いやすく、後回しにされがち
ところが、これが落とし穴です。お墓は急いで決めなくても朽ち果てません。けれど実家は、放置している間にどんどん資産価値を失い、固定資産税の負担だけが残っていきます。
30年現場で見てきた、空き家を放置した家族のその後
半年で景色が変わる、というのは本当の話
お客様のご自宅やご実家に伺う機会が多い仕事ですので、空き家を見てきた数も相当なものです。30年以上見続けてきて言えるのは、住まなくなって半年も経つと家の表情が変わる、ということです。
雨戸が外せなくなる。庭の雑草が膝丈を越す。郵便受けがチラシで溢れる。これらは半年程度で起きる変化です。1年経つと壁が湿気でカビ臭くなり、2年も経つと畳がふわふわと沈み始めます。
「年に一度、お盆と正月だけ実家を開けに行く」というご家庭もありますが、それでも家が傷むスピードを止めるのは難しい。家というのは人が住んで、空気を入れ替えて、初めて健全に保たれるものなんですね。
固定資産税が6倍になる「管理不全空家」とは
放置のリスクは、家の劣化だけではありません。税制の話もしておきます。
2023年12月、空家等対策特別措置法が改正されました。詳しくは国土交通省の空家等対策特別措置法関連情報に掲載されていますが、ポイントは「管理不全空家」という新しい区分が設けられたことです。
これまでも、倒壊の危険があるレベルの空き家は「特定空家」として行政指導の対象でした。改正後は、その手前の段階、つまり「このまま放置すれば特定空家になりそうな家」も「管理不全空家」として勧告の対象になります。
そして勧告を受けると、住宅用地の固定資産税特例から外れます。これは何を意味するか。住宅が建っている土地の固定資産税は通常、特例で6分の1(小規模住宅用地の場合)に軽減されています。これが外れると最大6倍。年間10万円だった税負担が60万円になることも、計算上はあり得ます。
売るに売れなくなる、もうひとつの理由
放置期間が長くなれば、売却の難易度も上がります。家の状態が悪化すれば、買い手は解体費を見越した価格でしか手を出しません。木造一戸建ての解体費は150万円から250万円が相場です。本来3,000万円で売れたはずの土地が、解体費分を差し引かれて2,750万円。さらに「敬遠物件」になれば、価格交渉でさらに下がります。
実際に過去にあったケースですが、お墓じまいに3年かけて手続きされたあるご家族は、その間に実家が完全に廃屋化してしまい、土地として売却するために200万円以上の解体費を捻出することになりました。「お墓のほうばかり気にしていたら、実家でとんでもない出費に見舞われた」。このとき、ご相談者がポツリとおっしゃった言葉です。
実家を放置するともたらされる「見えない損害」
屋根裏の音、その正体
空き家が劣化していくとき、いちばん気づきにくいのが「住み着く動物」の存在です。長く誰も入っていない実家を久しぶりに開けたら、天井裏でカサカサ、トタトタという音がする。これ、ほぼ確実に害獣が住み着いています。
私自身、お客様のご実家に石材の納品で伺った際、屋根裏で複数匹のハクビシンが営巣していた現場を見たことがあります。家の中は糞のにおいで充満し、天井板が一部抜け落ちていました。
ネズミ、ハクビシン、アライグマ、コウモリ、イタチ。空き家に侵入する害獣はおおむねこの5種類に絞られます。各種の見分け方や被害事例については、害獣駆除の専門メディアである家獣ラボが網羅的に整理しています。屋根裏の音や糞・足跡から害獣を特定する図鑑、フローチャート式の診断ツールがあり、空き家を抱えるご家族にとっては実用的です。「なんとなくおかしい音がする」という段階で一度目を通しておく価値があると思います。
害獣の被害が家の資産価値を下げる仕組み
「害獣くらい、駆除すれば済むのでは」と思われるかもしれません。私もはじめはそう思っていました。けれど、実際には深刻なのです。
ハクビシンは決まった場所に排泄する習性があり、放置すれば建材が腐敗します。重みで天井が抜け落ちるケースも珍しくありません。ネズミは柱や壁を齧り、配線をかじって漏電・火災の原因にもなります。さらに糞尿はノミ・ダニ・サルモネラ菌などの感染源で、住める家から「住めない家」に変わってしまうのです。
修繕費の目安をまとめておきます。
| 被害内容 | 修繕費の目安 |
|---|---|
| 天井裏の糞尿清掃 | 5万〜15万円 |
| 断熱材の交換 | 20万〜50万円 |
| 屋根裏全体のリフォーム | 50万〜200万円 |
| 駆除+侵入経路封鎖 | 5万〜30万円 |
被害が広がる前に手を打てば数万円で済むものが、放置すれば数十万、数百万に膨らみます。これが、空き家を放置した家族のその後で起きていることなのです。
ご近所との関係まで壊れていく
もうひとつ、見落とされがちな問題があります。ご近所トラブルです。
雑草が伸び放題になれば隣家に侵入します。ハクビシンが増えれば、近隣の屋根裏にも被害が広がる。「お宅の実家から動物が出てくる」と苦情を受けるご家族を、私はこれまで何度も見てきました。
実家のあるご町内は、ご両親の代から長くお付き合いがあった土地です。それが空き家を放置することで、たった数年で関係が冷え込んでいく。これは数字に現れない損害ですが、ご家族にとってはとても辛い変化です。
お墓と実家、どちらも継ぐ前に整理しておきたいこと
2024年4月から始まった相続登記義務化
ここでひとつ、重要な制度の話を入れておきます。2024年4月1日から、相続登記が義務化されました。法務省の相続登記の申請義務化についてに詳細が掲載されていますが、ポイントは以下です。
- 相続によって不動産を取得した相続人は、所有権の取得を知った日から3年以内に登記が必要
- 正当な理由なく怠ると、10万円以下の過料の対象
- 施行日(2024年4月1日)より前の相続も対象。猶予期間は2027年3月31日まで
「実家の名義、まだお父さんのままなんですけど」とおっしゃるお客様は今でも多いのですが、放置していると過料の可能性が出てきました。お墓の承継と並行して、不動産の名義変更も進めておく必要があります。
お墓の承継と不動産の相続は別物
ここで意外と知られていないお話を。お墓の承継と、不動産(実家)の相続は、まったく別の手続きです。
お墓には「祭祀承継者」という特別な引継ぎ方法があり、通常の相続財産とは扱いが違います。民法上、祭祀財産(お墓・仏壇・系譜)は1人の祭祀承継者に引き継がれ、相続税の対象にもなりません。
一方、実家は通常の相続財産として、相続人全員での話し合い(遺産分割協議)が必要になり、相続税の課税対象にもなります。
つまり、お墓のことを話し合っただけでは実家の相続は終わっていません。「お墓は長男が継ぐ」と決めただけで、実家のほうは宙に浮いている、というご家庭は本当に多いのです。
家族会議で先に話しておくべき5つのこと
ご相談に来られた方に、私がよくお伝えしている家族会議の論点を整理しておきます。
- 実家を「残す」のか「処分する」のか、家族の意向を一致させる
- 名義人は誰にするのか、相続人全員で合意を取る
- 残すなら誰が管理し、その費用負担はどうするのか
- 処分するなら、解体・売却の段取りとスケジュールを決める
- お墓の承継者は別途決め、書面に残しておく
この5点を曖昧にしたまま「とりあえずお墓だけ」進めると、後から実家のことで家族が揉める、という展開になりがちです。順番として、実家の方向性を先に決めてから、お墓の話に入るほうがスムーズです。
「先に空き家、後でお墓」を勧める3つの理由
時間との戦い方が違う
お墓と空き家、放置リスクの時間軸はまったく違います。お墓は管理料さえ払っておけば、霊園や寺院が掃除や草取りをしてくれます。承継者が決まらなくても、5年や10年で大きな変化は起きません。
しかし空き家は、毎日少しずつ価値を失っていきます。半年で目に見えて劣化し、1年で害獣が住み着き、3年で売却価格が大幅に下がる。スピード感がまったく違うのです。
お客様にはよくこう申し上げます。「お墓は時間が味方ですが、空き家は時間が敵になります」と。
費用感のリアル比較
費用の規模感も整理しておきます。
| 項目 | 費用の目安 |
|---|---|
| お墓じまい(墓石撤去・改葬) | 30万〜100万円 |
| 永代供養への切り替え | 10万〜100万円 |
| 空き家の解体(木造戸建て) | 150万〜250万円 |
| 空き家管理サービス(月額) | 5,000〜10,000円 |
| 害獣被害の修繕(天井裏含む) | 5万〜200万円 |
| 固定資産税の最大増加(管理不全空家勧告後) | 最大6倍 |
お墓じまいは一度払えば終わる費用ですが、空き家は放置している間ずっと税金と管理コストがかかり続けます。「先に空き家を片付けたほうが、家計のダメージが軽い」のは、こういう構造があるからです。
それでもお墓を後回しにしてはいけない場合
公平のために、お墓のほうを優先すべきケースもお伝えしておきます。
- お寺との関係が悪化していて、放置するとさらに費用がかさむ場合
- 墓地の管理料を何年も滞納していて、無縁墓扱いになりそうな場合
- 承継者が高齢で、本人の意思があるうちに整理しておきたい場合
特に三つ目は重要です。お墓の承継者ご本人にお話を伺えるうちに方針を決めておかないと、後から家族が判断に迷います。
まとめ
ここまで「先に空き家、後でお墓」のお話をしてきました。要点を振り返ります。
- 全国の空き家は900万戸。30年で約2倍に増えた
- 空き家は半年で劣化が始まり、放置すれば固定資産税が最大6倍
- 害獣被害は資産価値を急速に下げる。屋根裏の音は早期発見のサイン
- 2024年4月から相続登記が義務化された。3年以内の登記を
- お墓の承継と不動産の相続はまったく別の手続き
- 費用と時間の構造から「先に空き家」を整理するほうが家計に優しい
お墓のご相談に来られた方の多くが、実家の問題で頭を抱えていらっしゃいます。けれどそれは決して恥ずかしいことではありません。両親が長く住んだ家を整理するのは、心情的にも実務的にも難しい作業です。だからこそ、家族で話し合い、必要なら専門家を頼ってください。
私自身、お墓のご相談ついでに「実家のほうは、どうされていますか?」とお声がけするようにしています。お一人で抱え込まず、まずは話せる場所を見つけることから始めていただければ。お気軽にご相談ください。